ペッタンコ星人

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ボクシングのこと 2006-08-03-Thu

「不細工な試合をしてすみません」~亀田興毅が世界タイトル獲得!

不細工な試合をしてしまったわりに大喜びな亀田さんと父↓
20060803013258.jpg

私はボクシングというと、漫画の「あしたのジョー」と赤井秀和の「どついたるねん」
しか知らないんですが、やはり世界タイトルマッチとなると見ちゃいますね。

亀田興、19歳で新王者に~判定で競り勝つ-WBA・Lフライ級
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060802-00000165-jij-spo
判定結果に周囲は戸惑い
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060803-00000000-jij-spo
亀田、後味悪い世界奪取=地元ひいきに救われる?-WBA世界戦
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060802-00000175-jij-spo
判定で僅か1ポイント差というのは…あまりにもギリギリ過ぎますね。
最後に朝青龍に肩車とかされてましたが、さすが似たもの同士。
ちょん髷力士とボクサーが抱き合っても全く違和感ありませんでした。
これからは朝青龍を見習って、もう少し気持ちのいい勝ち方して欲しいっす。

続報…
最初にダウンしたのは亀田君曰く「視聴率を稼ぐため」なんだそうです。
朝青龍とのハグもやはり視聴率を意識したんでしょうか。
またネットのオタク人間から壮大なバッシングをされそうですね。



ところで、亀田がタイトルを手にした後すぐ、NHKの「その時歴史が動いた」で
「焼け跡から生まれたチャンピオン~ボクシング 白井義男とカーン」
という番組をやってました。

白井義男(1923年11月23~2003年12月26日)
アルビン・R・カーン(1892年 - 1971年)
20060803013634.jpg

日本人初のボクシング世界チャンピオンとなった白井義男。
その栄光への道を支えたのが、GHQ将校のアメリカ人、アルビン・カーンだった。
兵役で腰を痛め引退の危機にあった白井は、終戦後、
ジムでカーンと出会いトレーナーの申し出を受ける。
カーンはボクシング経験はなく、身体機能を研究する学者だった。
かつての敵国アメリカと日本、国籍を超えた異色コンビの誕生だった。

カーンは新しいボクシングを白井に教え込む。
それまで日本のボクシングはひたすら打ち合う攻撃型だったが、
カーンは “防御こそ攻撃” と「打たせずに打つ」防御重視のボクシングを実践。
「卑怯者」「つまらない」と批判されながらも2人は勝利を重ねていく。
そして昭和27年5月19日、世界タイトルマッチが日本で行われた。
20060803013725.jpg

相手は世界王者、アメリカ人のダド・マリノ。
時はサンフランシスコ平和条約が発効した3週間後、
白井の世界挑戦は、国際社会への復帰を願う日本人の夢が重ねられた。
試合直前、怖じ気づく白井にカーンはこう告げる。
「敗戦で自信を失った日本人のために戦い、勝て!」。
20060803013842.jpg

これ、映画にしてもいいとさえ思ってしまいました。

白井とカーン博士との関係は、選手とコーチの範囲を超えるまさに「家族」。
引退後もそれは変わらず、子供のいないカーンは、
死後全ての財産を白井に譲ったそうです。
白井も、カーンの「ボクシングビジネスに手を出してはいけない」という忠告を守り、
1995年に白井・具志堅スポーツジムの名誉会長に就任するまで、
解説・評論活動以外でボクシングと関わることはなかったそうです。

白井氏が一番の宝物にしていた手製のリングシューズ
20060803014701.jpg

※下記、白井義男の言葉は 主に白井義男の自伝『ザ・チャンピオン』から要約して引用しています)
白井がトレーナー役を買って出たカーンについて語った言葉について
「どんな経歴かは知らないが、ボクシングの本場から来た人物には間違いない。
もはや良いも悪いもない。私はわらをもつかむ思いでその言葉に耳を傾けていた」

白井がカーンとボクシングを始めた当初を語った言葉について
「はやる心を抑え、こつこつと体力、技術を身につけることが、
結局は早く頂点に登りつめる近道であることを理解した。」

世界戦当日、リングに上がった白井が語った言葉について
「必ず勝ち抜いてみせるとの烈々たる闘志と自信が体内に満ちあふれているのを感じていた。」

カーンが白井にトレーナー役を買って出た理由を語った言葉ついて
「敗戦国日本で、誰からも認められていない新人を、フラスコの中に入れて、世界的人物を作り上げてみたいという野心を持った。」
(「ボクシング百年」より内容を要約して引用)

カーンが白井とボクシングを始めた当初を語った言葉ついて
「白井にとってはギャンブルだった。彼は、自分の将来を異邦人の手に委ねたのである。」
(アルビン・カーンが記述した資料より内容を要約して引用)

カーンが白井について語った言葉ついて
「ヨシオの人となりを知れば知るほど、私は彼が好きになり、
彼のためになる事なら何でも、努力を惜しむまいという決心を固めるようになった。」
(「JAPAN OBSERVER」より内容を要約して引用)

世界戦の前日、カーンが白井に語った言葉ついて
「日本は戦争でアメリカに負け、今の日本で世界に対抗できるのはスポーツだけしかないだろう。ヨシオ、君は自分のために戦うと思ってはいけない。それだけでは苦境を乗り越えられない。敗戦で失われた日本人の自信と気力を、君の勝利で呼び戻すのだ。」
(白井義男『ザ・チャンピオン』より内容を要約して引用)

カーンが世界チャンピオンとなった白井との日々を語った言葉ついて
「私はシライという卵を4年間、懸命に温めてきました。
どんな鶏に育つのか、保証は何もなかったが、私の卵はたくましく成長し、
今ここに見事なクジャクとなったのです。」
(白井義男『ザ・チャンピオン』より内容を要約して引用)

「この経験によって、私も成長した。」
(アルビン・カーンが記述した資料より内容を要約して引用)

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